「人が来るほどに、山が美しくなる」箱根町が取り組む登山道整備。

全国的な問題として論じられるようになった、登山道の荒廃。そんななか、登山道だけではなく、広く山の生態に目を向けた整備法が注目を集めている。登山道はいかに修復すべきか、そして私たち登山者はどう山と向き合えばよいのか。近自然工法による登山道整備講習に触れながら、考えました。

 軽トラックの荷台には、前日、近隣から集めたという大ぶりの丸太がごろごろり。長さ2mほどの丸太はゆうに40kgを超えるだろうか。これからこの丸太を現場まで運ぶのだが、その偉容に一同がためらいを見せた。すると、彼は使いこんだ背負子に丸太を結わえる。昔ながらの太いスリングを使うのは、細いダイニーマ製では身体に食いこんでしまうからだとにっこり笑い、背負子をひょい。そのあまりの軽やかさに驚き、背負わせてもらうと、背骨がきしみ、足がふらついた。重さはもちろん、ザックとは異なる丸太の長さが、足元の安定感をひどく損ねた。聞けば、地元の大雪山では、50kg用の秤が振り切れるほどの木材を背負い、4kmの山道を運ぶこともあるのだという。


「それじゃあ行きましょう!」


 0.9kgの愛用ハンマーを手にすると、「大雪山・山守隊」の岡崎哲三さんが声をあげる。岡崎さんは大雪山で培った「近自然工法」による登山道整備の技術とともに、永続的な山岳管理の仕組みづくりを伝えるため、全国を奔走する日々を送っている。

40kgほどの丸太を担ぐ、箱根町役場の永野峻也さん。箱根の登山道整備には、長く補修に関わる人たちや地元ガイド、町や観光局、箱根町を支援するアウトドアメーカーなど、さまざまな人たちが立場を超えて参画している

 火山がつくりあげた独自の景観と、東海道の宿場町として長い歴史と文化を併せもつ、神奈川県箱根町。年間2000万人が訪れる屈指の観光地は、登山の町としても知られている。三百名山のひとつであり、展望のよさで人気の金時山(1212m)があり、その金時山を含む外輪山をぐるりとめぐる一周コースは、トレイルランナーにも愛されている。さらに、須雲川沿いに残された旧東海道には江戸時代の石畳が現存し、風情ある山旅を味わうことができる。さまざまなスタイルの登山にこたえられるフィールドの奥行きが、登山者を箱根に惹き寄せている。
「箱根の山全体で年間に数十万人がいらっしゃることから、土が踏みつけられる踏圧や豪雨による流水、さらには霜柱の融解などで、登山道がV字に削れている箇所が見られます。歩けないわけではないのですが、このままにはしておけないということで、20年ほど前から登山道整備を進めていました」
 そうこたえるのは「箱根ビジターセンター」の加藤和紀さん。登山道を管理している箱根町の観光課と神奈川県の「自然環境保全センター」が中心となり、月に2回ほどボランティアを募り、登山道整備に取り組んできたという。
「登山道の利用と補修のバランスでいうと、前者の方が圧倒的に多いのが現状です」
 そう話すのは、前述の神奈川県自然環境保全センターの辻本明さん。辻本さんは県の職員として箱根の登山道保全に関わるだけでなく、有志の仲間と「補修隊」を立ち上げ、長年、箱根の登山道補修や特定外来生物の駆除などに尽力してきた。
 そんな箱根町と岡崎さんの縁を結んだのは、スポーツアパレルメーカーのゴールドウイン。ザ・ノース・フェイスを擁し、国内外のフィールドやアウトドアの精神文化、環境保護に造詣の深い同社は、そうした知見を活かした地域活性を目指す「包括連携協定」をいくつかの市町と結んできた。箱根町とは2022年に締結しており、以来、箱根の自然を舞台にした豊かな取り組みをサポートしている。
「登山道の整備は全国的な課題ですが、ただ直すだけでなく、自然を復活させるようなアプローチはないかと考えました。そんなときに岡崎さんの活動を知り、同様に包括連携協定を結ぶ山梨県北杜市に招いて、近自然工法による登山道整備を指導してもらったんです」
 ザ・ノース・フェイスの本武史さんはそう話す。そして、岡崎さんの活動と心意気に賛同した北杜市では「北杜山守隊」を立ち上げて、近自然工法による登山道の環境保全自体の楽しさ、愛する地元の山を守る喜びを発信している。
「そうした経緯もあり、一昨年、箱根町に岡崎さんの近自然工法による登山道整備を提案させてもらいました」
 とはいえ、箱根町では長年、登山道整備が行なわれており、岡崎さんや本さんは、近自然工法が受け入れられるかを危惧していた。ところが、近自然工法の講習は熱意をもって箱根町に受け入れられ、昨年11月15~16日、ふたたび岡崎さんは招かれることになった。この日、集まったのは、補修隊のメンバーと常連ボランティア、観光局と箱根町の職員、地元ガイドとゴールドウインのスタッフなど総勢18名、いずれも箱根の山とその未来を真剣に考える面々だ。15日は整備作業に必要な丸太を、補修現場の近くから集め、16日の講習は座学からスタートした。

講習は座学からはじまる。近自然工法とはなにかを教わり、そして目指すべき登山道整備について、一同で考える

「大雪山もそうですが、箱根の山も人が歩きはじめる前、地表は植物に覆われていました。その状態では、雨水は植物によって分散され、地表を流れていたはず。そこを人が歩くようになり、踏圧によって茎が倒れ、さらには裸地化が進む。登山道の多くはこうした経緯の果てにうまれたものです」
 地表が剥き出しになると、さらなる踏圧により道は窪みとなり、雨が降るたびに浸食が進んで溝化し、強い水流の通り道となってしまう。こうして深いガリー地形(V字状に削れた地形)となると、人の有無に関係なく、浸食は加速し止まらない悪循環へ。すると、登山者はそこを避けて歩くので、裸地化は周囲に広がってゆく。
「こうして整備が必要となるのですが、ここで考えてほしいのは、なにを目指して登山道を直すのか、ということです」
 登山道整備の目的? 流出や崩壊により、通りにくくなった登山道を歩きやすく直すこと……だろうか。
「一般的にはそうですね。ところが、登山道を崩壊させた原因を探らずに、階段などの構造物を作ってしまうこと、さらなる浸食を招くことがあるんです」
 流水による浸食が原因の場合、排水処理をせずに土よりも硬い構造物を置くと、そこをよけてより弱い箇所へと浸食が広がる。階段同士の間や階段下がえぐれるのは、そうした理由によるという。
「まずは浸食の原因を取り除き、自然界で起こる変化を緩和させることが大事なんです」
 ここで2枚の写真がスライドに映し出される。V字に削られ裸地化した登山道と、そこを整備し、数年たった後の写真。溝のようだった登山道は嵩上げされており、周囲は緑の植物で覆われている。
「もちろん、雨が降れば登山道を水が流れるのですが、嵩上げして水の通り道の面積を広げたことで流れが緩やかになります。そして、それでも流れる土砂はしかるべき場所に溜まって安定するように施工しています。こうして土壌が安定すると、このように植生が復活するんです」
 草木が繁茂し、根を張ることで土壌はより強度を増していく。つまり、自然がもつ再生能力が正しく機能するように整備の手を加えるというのだ。
 次に写し出された18年後の写真では、山道全体が植物に覆われ、どこを直したのか見分けがつかない。
「先ほどの登山道整備の目的ですが、目指すべきは“登山者の利便の回復”ではなく、“生態系の復元”だと考えています」
 岡崎さんは、登山道整備とは風景を育てること、だという。人が入る前の自然を想像し、現場の地形、地質を正しくとらえて、生態系の底辺を支える植物たちが復元できる環境を整える。つまり、人間のためではなく、自然が主体となっている登山道へと変貌させ、整備をすることで自然環境が守られている状態を目指しているという。
「私たち登山者は、歩きやすい道があるからではなく、すばらしい自然に出合うため山に登っていますよね。人と自然の共存をテーマに、登山道を整備していきましょう」

「大雪山・山守隊」代表の岡崎哲三さん。長年の経験から体得した言葉を噛みしめ、ゆったりと話す。穏やかだけど忖度のない口調が心地よい

 座学を学んだら、次は実践。一同は外輪山の一角をなす、丸岳(1156m)山頂付近の整備現場へと向かった。そこは1.5mほどの深さに削られた溝状の地形が、15mほど続いている。そこで、裸地化した登山道を、法面(登山道の両脇の斜面)に植物が繁茂する高さまで嵩上げしてゆく。
 まずは運び上げた丸太を、法面が植物に覆われた高さで、Z字(ハの字+逆ハの字)に組んでいく。丸太を固定するのに杭は使わず、法面の石や木の根など、自然界の動かぬものを巧みに利用していくのだが、ここでふと疑問に思う。なぜ、登山道に対して平行に丸太を並べないのだろう。
「平行に丸太を並べると、上流から流れ来る水は鉛直方向にまっすぐ落ちていきます。けれど、Z字にすることで水流を迂回させ、長い距離を流れるようにすることで、水の勢いを弱めることができるんです」
 岡崎さんは、山や沢の成り立ちをよく観察するという。激しく流れる渓流が周囲の地形を壊さず、いかに勢いをいなしながら流れてゆくのか。注意深く眺めることで、自然はヒントを授けてくれる。ところが、ひとたびなにかを作ろうとすると、人は「平行等間隔」にとらわれてしまう。自然界において、同じ角度や形のものが続くことはない。そればかりか、規則正しい連続性は違和感を生むという。
 だからこそ、現場をよく見て、周囲に馴染む高さや角度を紡ぎだしてゆく。
「それを直感的にできる人が、芸術家なのでしょうが、ぼくにはその感覚がないので、よく見て考えます。結果としてつくったものが芸術的と言われることもあるけれど、すべて計算なんですね。とはいえ、真の芸術が自然に近づくという感じは、わかる気がします」
 ここが近自然工法を伝える難しさでもあるのだろう。ひとつとして同じもののない自然を見つめ、数年後を想像して、限りなく元の姿に近づけてゆく。そうした目を養うには時間がかかるし、イメージした登山道に育つには、生態系の回復を待たねばならない。相手が自然であり、それに寄りそうだけに、わかりやすい、拙速な成果は得られない。
 とはいえ、自然のなかにある違和感は、素人目にも明らかだった。丸太を補強するため据えた倒木が気になり、一同は首をひねる。すると参加者のひとりが手を伸ばして角度を変えた。そんな姿に岡崎さんは目を細める。
 次の作業は、丸太の下の空間を埋めること。元々ここにあり流出した土砂を使うのがいちばんだが、この日は辺りの倒木や木片で空間を埋めていった。さらに、詰め込んだ木の隙間には細い枝を入れてならしてゆく。
「中に埋めた木が腐らないかと心配でしょうが、腐食菌は好気性生物なので、酸素を遮断されると働きが弱くなります。屋久島などで江戸時代から地中にある土埋木を工芸品にしていますが、あれが腐っていないのも同じ理由です」
 そうして最後に落ち葉や土を、据えた丸太より少し高く敷き詰めてゆく。すると、踏み固められたときにちょうどよい高さにおさまるという。
「このように施工しても、長い時間をかけて全体的には少しずつ沈んでいきます。それでも雨で上から流れてくる土砂を受け止め、溜めることで高さを保ってくれるので、急激に大きく崩れることはありません」
 3時間の作業で、15mほどのガリーが美しく甦った。10本の丸太を使った登山道は、いま作ったばかりとは思えないほど、あたりの風景に馴染んでいる。最後に全員で記念撮影。紅潮したみなの横顔に、充実感が浮かんでいた。

まずは10本を超える丸太を現場まで運ぶところからスタート。「積極的に運びたがる女性もおり、なかなか人気の作業です」と岡崎さん。

左、右)重い丸太を背負子で、さらに重いものはスリングを使い、みなで運ぶ。

作業に必要なおもな道具たち。上からテミ(落ち葉などを集める)、カケヤ(木槌)、十字クワ、0.9kgのハンマー、バール、チェーンソウ。「あれをもってきて」というときに意思疎通ができるよう、作業前に全員に知らせておく

踏圧と水流の浸食により、V字状に深さ1.5mほど削られた登山道。V字状に削られ裸地化した部分に、倒木や落ち葉などを入れて嵩上げする。

①法面に植物が生えている高さで、丸太をZ字状に組んでゆく。1段目の高さは足を踏み出しやすいよう、20cm以下の高さに設置する。丸太は法面に埋められた石や木の根など「動かないもの」を利用して据えつける。土砂流などの力はつねに上流側からかかるため、時間がたつほど強固になり、杭などを必要としない。

②丸太によって囲まれた空間には腐った倒木などを入れて嵩上げ。

③隙間には枝や枯葉、土などを敷き詰めてゆく。結果として登山道の幅が広がるため、豪雨に遭っても水流の勢いを緩め、仮に土砂が流れてきても要所に堆積し、土壌の安定を担う施工になっている。整備した登山道は足に優しく、単調ではない山歩き本来の楽しさが味わえる。

④法面の補修

山と対話をするよう補修していく作業は、想像以上に刺激的であり、充実感にあふれる

右、左)18人による3時間の作業で変貌を遂げた登山道。可憐な花を咲かせる日が待ち遠しい

 作業を終えると、締めくくりのディスカッションが行なわれた。岡崎さんによると、作業後にこうした時間を設けるのは珍しいという。疲れをものともしない、箱根の山人の熱意が顕わになる。
 元々、登山道整備に関わる人が多いため、ディスカッションでは技術論が飛び交った。「今日のような大人数だからよいものの、少ない人数では難しいのでは」という声もあがったが、岡崎さんはにっこり笑いながら、「少ない人数で、ひとりで今日の作業をどうするかを考えていけば、自ずとやるべきことは見えるはずです」。
 そうして技術的な疑問や課題にこたえた後、岡崎さんはこう言った。
「こうして近自然工法で整備してもらったんですけど、これだけで登山道がよくなるわけではないんです」
 岡崎さんが汗を流す大雪山には、総計300kmの登山道が広がっている。整備ができるのは、無雪期の6~9月の3ヶ月間。その間にこつこつと1日20m、30mと直していくのだが、同時に登山者も山歩きを楽しんでいる。仮に10のマイナスがあったとしても、保全できるのは1か2。整備の手が少ない現状では、マイナスが次々と嵩んでしまう。近自然工法による登山整備は、現場作業の手応えに加えて、未来へとつながるという確信を得られる。それだけに充実感もひとしおなのだが、直したいところだけ好きなように直しているだけでは自己満足に過ぎないと、きっぱり言い放った。
「山を取り巻く管理のあり方、その全体を考えてほしいんです」
 永続的に、無理なく整備が行なわれる体制が整い、登山道の崩壊と保全が拮抗することではじめて、山の環境は「現状維持」となる。マイナス8の現状を、いかに0へ近づけるのか。
「山を保全しようと思えば、まずは現状把握が必要です。そうして課題を共有し、ビジョンを立てる。施工の手段を考えるのは、それから先のことです」
 例えば日本の国立公園は、管理人数不足もあり、その体制ができていない。結果として、管理者自身が登山道のどこがどう壊れているかという現状を把握しきれずにいるという。
「そんななか、箱根の登山道は車でアプローチできるところも多く、整備に情熱を傾ける人たちがこれだけいる。町や観光協会の熱意に加え、企業まで応援してくれている。箱根は登山道整備のモデルケースになりうる可能性を秘めていると思います」
 最後に、私たち登山者はなにをすべきか。私たちが踏みしめるその一歩が、大好きな山を傷めている……。
「まずは、そこに気づいてもらうことが第一歩だと思います。ガイドさんもそうですが、安全に歩いてもらいたいので、登山道よりも側面に段差の少ない通り道があるとそちらを案内してしまう。でも、その積み重ねが登山道を壊していると知ると、登山道や山を見る目が変わります。そして、その一歩先に「登山道を直したい」という心情が潜んでいると思うんです。多くの人がそこに気づいたら、登山者の動きだけで、マイナスを6から5にできると信じています」

 冷えこみのきつくなった箱根の山では、いまも登山道補修が盛んに行なわれている。
「講習後、みんなが近自然工法の作業に積極的になりました」
 加藤さんは明るい声でそう話す。嵩上げする分、これまでの補修よりも大量の資材を必要とするので、メンバーや作業場所しだいでときに難しいこともあるというが、選択肢が増えたと前を向く。辻本さんは以前にも増して精力的な整備活動を行ない、その模様をFacebook「箱根の登山道補修」にアップしている。
「岡崎さんのおっしゃった利用と保全のバランスを考えると、私たちボランティアだけでなく、環境省や神奈川県、箱根町による公共事業を考える必要があると思います。若者や女性にも参加してほしいなど、考えることはたくさんありますが、少しずつ、前に進めたらいいいと思っています」

岡崎哲三(おかざき・てつぞう)

1975年、札幌市生まれ。20歳の頃から大雪山の山小屋で働きはじめ、2011年「北海道山岳整備」を立ち上げ、近自然工法を駆使した登山道整備の技術者として活躍。2018年には「大雪山・山守隊」を創設し、山と人を結びつけ、永続的な山岳管理のあり方と手法を考え、発信し続けている。https://www.yamamoritai.com

文=麻生弘毅
翻訳=朝香バースリー
写真=江隈麗志
取材協力=大雪山・山守隊、ゴールドウイン


箱根町の登山道補修の様子、ボランティアの募集については、以下のサイトにお問い合わせください。
https://www.town.hakone.kanagawa.jp/www/contents/1100000002023/index.html