箱根の魅力を伝える人材育成

箱根の課題

箱根は東京から1時間半で訪れることのできる自然豊かな温泉地。コロナ禍前は人口1.1万人に対して年間2000万人の旅行者がおり、その3/4は日帰り客でした。そのため、特定エリアに集中する交通渋滞などが問題視されていました。
旅行webサイト「じゃらん」によると、日本人旅行マーケットにおける満足度全国平均86%より箱根のそれは92%と高くなってはいるが、その満足度維持には、既存の主要観光スポット以外の魅力あるスポットやコンテンツの訴求とそれによる滞在時間延長、さらには宿泊客増という流れが必須と考えられました。町やDMOの施策方針は年間域内消費3000億円を目指しており、その実現にはサービスの「量から質」への転換も求められると考えました。
一方、箱根には魅力的な観光資源はたくさんあるものの、その魅力を伝えるガイド人材が少ない状態でした。専業、副業、ボランティアと異なった形態のガイドが点在し、知識や経験も様々。ガイド同士の横のつながりもなく、結果として多くの機会を失っていました。せっかく国立公園内という立地にありながらアドベンチャーツーリズム(以下ATとする)に対応できる人材も圧倒的に不足していたのです。
このような状況を受け、ガイド育成が地域内での連泊を促し、域内消費をアップさせることのできる施策のひとつとなり得るということで、2021年に町とDMOが協力してガイド人材育成の複数年計画を策定しました。

プロジェクトのステップ

上記を受け、箱根DMOでは、まず最初にガイド人材育成プロジェクトチームを立ち上げました。リーダーには地元で経験豊富な登山ガイドが立ち、DMOは事務局としてそれをサポート。プロジェクトメンバーには町のステークホルダーを迎えました。


チームは箱根で必要とされているガイドの種類やその役割を徹底的に洗い出し、整理から行いました。中・長期的な視点に立ち、ガイド育成の戦略構築を行い、方向性を導き出すことにしました。

結果、観光資源の知識の取得や顧客対応、火山対策、野外救急法など、ガイドに求められる総合的な能力開発の土台を構築し、そのうえで専門性の高い人材育成を行い、他の先進地域と連携し世界基準に準拠する内容を目指すこととしました。プログラムは、箱根の特性を活かしただけでなく、国際水準にも準拠できるような内容にと、例えば英語ATガイドプログラムの場合は世界30か国以上で導入されている野外災害救急法「Wilderness Medical Training」や、米国の国立公園で広く普及している環境倫理プログラムLNTといった外部プログラムを取り入れました。
さらにはアドベンチャートラベルの業界団体であるATTAが提唱するガイド基準にも準拠するようにしました。
そして、地元の専門家の協力を取り付けた体系的なカリキュラムとしていきました。質の高いガイドの育成においては救急法などの技術とともに、地域の歴史、文化、自然などの知識なども体系的に学べるように、講師として温泉地学研究所研究員や箱根町立郷土資料館学芸員など箱根の土地や建築、自然あらゆる魅力を熟知した専門家18名にご協力いただきました。

世界水準のガイド人材を目指すと同時に地域全体での知識の底上げも重要であると考え、プログラムは3部構成としました。そうすることにより、異なった人材を対象としながら全体的な方向性の統一を行い、その中でのステップアップも可能としました。


そしてこれを箱根DMO認定ガイドとすることで、箱根のガイドの認知向上と地域での新たな雇用促進につなげ、持続可能な事業サイクルとして箱根町の観光地としてのブランド向上(付加価値を高める)を目指すことといたしました。

今回のプロジェクトの成功のポイントとしては、多くの関係者からの賛同がありました。
経験豊富な登山ガイド、通訳案内士の資格も持つ地元ガイドがリーダーとなってくれ、その経験値による具体的な目標、目的を設定し、その実現に向けて懇切丁寧に説明を行うことで、多くの関係者から賛同を得て実施することができました。
地元のプロガイドだけでなくホテルなどの宿泊施設やアクティビティ事業者や、防災関係者、漁協メンバーなど様々なステークホルダーの参画もいただきました。それぞれ立場や考え方が異なる多くのステークホルダーの方たちが、向かう目標、町が目指したい姿を共有することで合意形成を行っていきました。

さらに3部構成にしたステップアップ方式の育成プログラムが参加者を惹きつけました。

STEP 1 観光事業者の新入社員やホテルコンシェルジュなど幅広い方の知識取得を目的にしたコース
STEP 2 旅程管理、火山でのリスク管理、ファーストエイドを含んだ観光ガイド向けコース
STEP 3 英語ATガイド向けコース

上記のように、包括的で幅広い層の方に取り組んでもらいやすいものとなったため、すでに観光事業経験の長い町内の事業者から、新入社員、さらには観光地に住みながら町の魅力を意外と知らない町民の方にまで「ガイドという職業は目指さないが、観光にポジティブに関わりたい」という思いを持っていただけました。
2年度目の2022年度の申し込みはわずか2週間で満席になりました。

ガイドプロジェクトの構想は、域内消費を増やすという点だけではなく、ガイドという新しい職業の選択肢が地域で生まれることで地元の雇用促進にも繋がることにあります。またいくつかの箱根のホテルコンシェルジュもこの研修を受けて、それをベースに独自のツアー提供をスタートしているというところも出てきました。


2021年度は、取り組みの結果として3部構成で延べ74名が参加し、その内合計22名が認定ガイドとして誕生しました。
今後、箱根DMOでは、ガイドになられた方々に活躍の場を提供するため、ツアー販売や認定ガイドの紹介を開始していく予定です。
さらには関連事業者とこの取り組みを日本全国に水平展開し、各地を訪れる観光客に責任ある、持続可能で豊かな体験をしていただけるようにしていきたいと考えています。このプロセスはすでに始まっており、長野県安曇野市のガイドとプログラム開発のための知識やアイデアの共有を始めています。
このプロジェクトは地元新聞でも紹介され、多くの町民や旅行業界からも注目されております。

いよいよ迎えようとしているアフターコロナ期に、このような形で箱根の魅力を発信することで、箱根での宿泊を促進し域内消費を増やすための土台を作り、地域としてのおもてなし力の底上げをして、地域のブランド力向上につなげていけると期待されています。