『箱根全山』旅のテーマパーク箱根 - 箱根町観光情報ポータルサイト

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順次変更しておりますが2014年4月1日以降のご利用時には実際の金額と異なる場合がありますので、予めご了承いただきますようお願い申し上げます。

箱根が持つ天与の恵み

 箱根とは、箱のような外輪山の形から付いた名。その箱の中には美しい湖をはじめ、いくつもの山や川、そしてかつて箱根七湯(湯本・塔之沢・堂ヶ島・宮ノ下・底倉・木賀・芦之湯)として知られ、今ではその数17を数える温泉場があるなど、箱根は豊かな自然資源や優れた自然環境に恵まれています。

 箱根全山十七湯から、1日2万5千トンもの温泉が湧いています。その湧出量は、全国5位を誇ります。しかも泉質は、アルカリ性単純温泉、食塩泉(ナトリウム-塩化物泉)、石膏泉(カルシウム-硫酸泉)など約20種類に及び、地下1階、地上4階のデパートにたとえることができます。高度の高い順に4階に当たるのが「酸性硫酸塩泉」、3階が「重炭酸塩硫酸塩泉」、2階が「塩化物泉」、1階と地階が「塩化物重炭酸塩硫酸塩泉(混合型)」となります。今では外輪山に向かってより深い温泉が掘削されるようになりました。

日本では古くから温泉地イコール観光地として発展し、観光資源に恵まれた箱根はそのリーダー的役割を果たしてきました。宿泊施設数、収容定員数、宿泊利用人員数のすべてで日本一であることが、それを如実に示しています。

湯本 ~箱根温泉の大玄関口~

箱根湯本は十七湯の中で最も古い歴史を持ち、伝承では天平10年(738)の開湯と言われます。江戸時代には源泉が次々に開発され、全国的に有名な温泉場として大いに賑わいました。現在でも源泉数、温泉旅館・ホテルの数、滞在または宿泊する旅客数などが最多で、箱根温泉の中心的存在です。それは小田急ロマンスカーのターミナル、箱根登山鉄道や箱根各エリアのバス乗り換え駅で、どこへ行くにも便利という地理的条件と無関係ではありません。車なら東京や横浜から日帰りできる気軽さも、箱根湯本に活気をもたらす要因となっています。
早川と須雲川の流れに沿って林立している温泉旅館・ホテル、施設群はその泉質や形態、サービスも多様で湯本温泉だけであらゆる温泉ニーズに応えることができます。

【大名行列】
 箱根温泉は、秋の紅葉シーズン(11月)に一年で最大の賑わいを見せます。その到来を告げ、毎年11月3日に行われるのが箱根湯本での「大名行列」です。この大名行列は、平成15年(2003)で第50回を迎えました。箱根町住民と公募による一般参加者の仮装行列が呼び物で、最近では外国人の侍や腰元姿も目に付くようになりました。
 当日、箱根湯本のメインストリートは江戸時代の衣装・風俗に彩られ、約5時間にわたって歴史絵巻が繰り広げられるのです。祭が終われば箱根全山は綾錦に染まりゆき、露天風呂からの眺めもさらに美しく映えます。

【泉質】単純温泉、アルカリ性単純温泉、ナトリウム─塩化物泉(弱食塩泉)、ナトリウム─カルシウム─塩化物・硫酸塩泉(含石膏弱食塩泉)、ナトリウム─塩化物・硫酸塩泉(含芒硝弱食塩泉)、ナトリウム・カルシウム─塩化物泉(含塩化土類弱食塩泉)
【源泉総数】74
【泉温】23〜77℃ 
【湧出量】4,679ℓ/min

【アクセス】
新宿から小田急ロマンスカーで約1時間半、小田原から約15分
小田原から③~⑤乗り場のバスで「箱根湯本駅」下車

塔之沢 ~輝かしい老舗旅館が並ぶ湯の里~

早川渓流沿いの函嶺洞門を抜けると、塔之沢であった─そんな文学的な表現がぴったりの温泉です。老舗旅館の多い閑静な雰囲気が文人たちの想像力を刺激するのでしょうか。塔之沢温泉は、江戸時代から文学や旅行案内によく描かれました。弥次喜多の『東海道中膝栗毛』で有名な十返舎一九も、「湯宿も奇麗風流にて、入湯もおほく…(『箱根江の島鎌倉道中記』)」と書いています。江戸初期に発見された温泉ですが、100年も経たずに「元湯、一湯、せとの湯…など12~13もの湯つぼがある(藤本由己著『塔澤紀行』)」というほどの湯治場に発展しました。元湯は現在の「環翠楼」、一湯は「一の湯」です。また、明治に開業した玉の湯旅館は福澤諭吉の定宿として知られ、「福住楼」と名を変えて今日に至っています。
塔之沢では、かつて基盤岩類の亀裂から温泉が湧出していましたが、今はボーリングによって湯本温泉と同じ基盤岩類中から揚湯されています。

【花の散歩道】
 塔之沢駅から塔ノ峰に向かう山道を30分ほど歩くと、関東では珍しい山寺「阿弥陀寺」に着きます。開山の祖、弾誓上人は塔之沢温泉を発見したことでも有名です。さらにこの寺の名を高めているのが、参道や境内を埋めつくさんばかりの7千株ものあじさい。悲劇のヒロインとして知られる皇女和宮ゆかりの寺としても知られ、初夏のあじさいが香華となって咲き誇ります。

【泉質】単純温泉、アルカリ性単純温泉
【源泉総数】9 
【泉温】38〜63℃  
【湧出量】793ℓ/min

【アクセス】
箱根湯本から箱根登山鉄道で3分「塔ノ沢」下車
箱根湯本から湖尻・桃源台・元箱根方面行きバスで「塔ノ沢」下車

大平台 ~あじさいのように家庭的な温泉~

急峻な塔之沢と宮ノ下の間にあり、比較的平坦なところから付いた地名が“大平台”。江戸時代は、挽物玩具や盆、箱などの「箱根細工」を作る木工の里として栄えました。ここに宮ノ下から温泉が引かれたのは、昭和26年(1951)の共同湯「姫之場」からです。住民の憩いの場としてスタートした温泉で、家庭的な雰囲気を今に伝えています。その後、大平台でも源泉が掘られました。「姫之湯」の駐車場脇にある「美肌の滝」から流れる温泉は、持ち帰り用に有料で分けてもらえます。また、かつて豊臣秀吉が茶の湯に使い、旧街道を行く旅人の喉を潤した名水「姫の水」も湧いています。この水を用いたのが「姫之湯」の名の由来なのです。
 大平台は花々の美しさが自慢の一つです。春には地区の鎮守である山神神社のしだれ桜が咲き乱れ、「大平台温泉まつり(4月16・17日)」が開催されます。また、初夏から初秋までは町中があじさいで埋めつくされます。箱根登山鉄道沿いの「あじさいの小径」がおすすめです。

【箱根登山鉄道にゆられて】
 箱根登山鉄道は、大正8年(1919)に開通したわが国で唯一の本格的山岳鉄道です。小田原-強羅間15kmを結び、とくに山岳部では四季折々変化に富んだ景観を楽しめます。トンネルや鉄橋、あじさいの小径、銭洗弁天など、目に飛び込むものすべてが新鮮。気ままに乗って、気ままに降りる自由な旅ができます。1m走る間に8cm登る急勾配の地点もあり、大平台駅の前後3カ所ではスイッチバック方式の運転が行われています。

【泉質】アルカリ性単純温泉、ナトリウム─塩化物泉(弱食塩泉)、ナトリウム─塩化物・硫酸塩泉(含芒硝弱食塩泉)など
【源泉総数】8
【泉温】50〜63℃  
【湧出量】532ℓ/min

【アクセス】
箱根湯本から箱根登山鉄道で14分「大平台」下車
箱根湯本から湖尻・桃源台・元箱根方面行きバスで「大平台駅」下車

宮ノ下 ~箱根発展の先駆的温泉~

 宮ノ下の地名は、熊野神社のお宮の下に開けたことに由来します。熊野は「ゆうや」とも読み、「湯屋」すなわち温泉の神として古くから信仰されてきました。その宮ノ下に自然湧水が初めて発見されたのは、室町時代の応永5年(1398)です。江戸時代には大名の奥方や豪商などが訪れ、内湯と滝湯(打たせ湯)による湯治を続けました。当時創業の藤屋(富士屋ホテル)は現在も残っています。明治時代になると外国人の保養地として栄え、それらの旅館が建築や設備、温泉の質と量、接客サービスなどで箱根の温泉文化をリードしました。
 今日、「宮ノ下」と言うとすぐに思い浮かぶのは「箱根駅伝」。胸突き八丁の急坂を駆け上がるランナーの姿とともに、宮ノ下の名は全国に知られています。宮ノ下では、そんな険しい坂道とは別に、周辺をぐるりと回遊する散歩道の整備を計画中です。新しい道ができれば風景が変わり、そこにまた新しい楽しみと出会いが生まれます。

【ノスタルジックな街】
江戸時代より箱根七湯のうちの、四つの温泉場(宮ノ下・底倉・木賀・堂ヶ島)がある地として慕われてきましたが、明治時代に入り富士屋ホテルが出来るとともに、外国人旅行客が増え、東海道(現 旧道)の裏街道として使われていた七湯道(現国道1号線)の道幅の拡張を行い車も通れるような道になりました。また、街並みも同じように、明治・大正期の建物が多く残っており、当時は新しい感覚の街でしたが、今では古い感覚の雰囲気が残り、それが今のノスタルジックな宮ノ下を演出しているのかもしれません。

【泉質】単純温泉、アルカリ性単純温泉、ナトリウム─塩化物泉(弱食塩泉)
【源泉総数】21
【泉温】24〜96℃ 
【湧出量】1,999ℓ/min

【アクセス】
箱根湯本から箱根登山鉄道で22分「宮ノ下」下車
箱根湯本から湖尻・桃源台行きバスで「宮ノ下温泉」下車

堂ヶ島 ~名僧ゆかりの幽玄な秘湯~

堂ヶ島温泉は、宮ノ下付近の国道1号から早川の渓谷へ下った谷底にあります。江戸時代には5軒あった湯宿も現在は1軒。この温泉は、夢窓国師(1275~1351)が開いたといわれます。臨済宗の黄金時代を築いた国師は、後醍醐天皇や足利尊氏からも信仰を受け、政治や文化に大きな影響を及ぼした名僧です。
渓谷に近いところでは、十七湯で堂ヶ島温泉に優るところはありません。遊歩道や橋から「木の葉隠れの滝」や早川の流れを間近に眺めることができます。車の入れない無垢な自然と五感で接するとき、心身の奥底から浄化されるような神秘的な時間が訪れます。

【夢窓国師】
 夢窓国師(僧名:夢窓疎石)は、鎌倉時代、禅の文化を庭園という形で表現した人としても有名です。いわば日本庭園の父と言ってもいいでしょう。京都の西芳寺(苔寺)や天竜寺、臨川寺などは国師が残した傑作です。修業時代を鎌倉の浄智寺で過ごしたことで、箱根になんらかの縁があり、堂ヶ島での閑居に至ったと考えられます。堂ヶ島の景観が国師に強いインスピレーションを与えたとしても、ちっとも不思議ではありません。明治時代の写真に、自然の庭園といった堂ヶ島の面影がうかがえます。

【泉質】ナトリウム─塩化物泉(弱食塩泉)、ナトリウム─塩化物・硫酸塩泉(含芒硝弱食塩泉)など
【源泉総数】5
【泉温】56〜81℃  
【湧出量】361ℓ/min

【アクセス】
箱根湯本から箱根登山鉄道で22分「宮ノ下」下車
箱根湯本から湖尻・桃源台・元箱根方面行きバスで「宮ノ下」下車

木賀 ~将軍たちにゆかりの湯~

木賀温泉の歴史は古く、12世紀末、鎌倉幕府の将軍源頼朝に仕えた木賀善司吉成が、重病を癒したという伝説にまでさかのぼります。江戸時代には箱根七湯の一つに選ばれ、湯本、塔之沢、宮ノ下とともに徳川将軍家への献上湯にも選ばれました。献上湯は、主に妊娠を願う側室の湯沐みに用いられたと言われます。いわば折り紙付きの名湯だったわけですが、明治時代初め東京医学校(現東京大学医学部)に招かれていたドイツの医師ベルツ博士やフランスの軍人ルボン将軍らがこの地を愛するようになって、新道(現国道138号)沿いは亀屋、いせや、松坂屋などが軒を連ねるほどの繁栄を示しました。木賀は、何かと将軍たちに縁の深い湯と言えるでしょう。
国道138号の八千代橋を過ぎると、すぐに木賀温泉地区に入ります。周辺は新緑と紅葉の頃が特に美しく、木賀不動からルボン将軍碑付近は格好の散策コースになっています。

【温泉帯水層のはなし】
 木賀温泉には比較的湯温の低い自噴温泉が湧いていて、ボイルアップしたお湯が地区内外の施設に供給されています。自噴温泉は、強羅温泉帯水層の一部が地表に出たものです。この帯水層は、早雲山と大涌谷を囲むように幾筋もの高温塩化物泉の流れを作っています。ただ、木賀付近では200~250mほど掘れば帯水層に届くのに、標高の高い強羅駅付近では地表から350~400mも掘らなければなりません。温泉を掘る場合、それらさまざまな条件を考えながら最適なスポットを選ぶことが求められています。

【泉質】単純温泉、アルカリ性単純温泉、ナトリウム─塩化物泉(弱食塩泉)、ナトリウム・カルシウム─塩化物・炭酸水素泉(含土類弱食塩泉)など
【源泉総数】10
【泉温】20〜80℃  
【湧出量】605ℓ/min

【アクセス】
箱根湯本から湖尻・桃源台行きバスで「木賀の里」下車

底倉 ~川底に湧く白い湯の倉~

底倉温泉は、江戸時代から七湯の一つに数えられていました。宮ノ下温泉と隣接し、蛇骨川(じゃこつがわ)に架かる八千代橋の手前を折れて下ります。明治期には、外国人が宮ノ下を好むのに対して、日本人に好まれる温泉として栄えました。岩の割れ目から高温の弱食塩泉と単純温泉が湧出していて、痔疾や淋病、疝気などの治療に効果があったからです。宿の主が灸や食事療法を行う、いわば「温泉療養センター」の先駆けとして、底倉温泉の名は箱根の歴史に刻まれています。今も底倉の温泉は「かめ張り」という方法で集湯され、多くは宮ノ下温泉に送られています。
歴史をさらにさかのぼれば、戦国時代、豊臣秀吉が小田原攻めのときに蛇骨川(じゃこつがわ)の川原に掘らせたという伝説の太閤石(いわ)風呂も残っています。毎年8月上旬に熊野神社で催される「太閤ひょうたん祭」は、太閤秀吉ゆかりの祭です。

【蛇骨川(じゃこつがわ)の神秘】
 蛇骨川(じゃこつがわ)。ちょっと恐ろしげな川の名ですが、川底や右岸の岩肌に白い温泉沈殿物が付着し、その有様が“蛇の骨”のように見えたところから付けられました。沈殿物の実体は無定形の珪酸で、乾燥剤に用いるシリカゲルと同じものだと考えればよいでしょう。昭和の初めころまでは見られた現象ですが、今ではほとんどなくなりました。蛇骨川周辺の湧泉は、蛇骨湧泉と呼ばれます。それらはすべて採取・利用されているわけではなく、蛇骨川へと流れて温泉川となります。

【泉質】単純温泉、ナトリウム─塩化物泉(弱食塩泉)
【源泉総数】28
【泉温】27〜95℃ 
【湧出量】1,020ℓ/min

【アクセス】
箱根湯本から箱根登山鉄道で22分「宮ノ下」下車
箱根湯本から元箱根方面行きバスで「神社下」下車

二ノ平 ~彫刻の森とともに~

二ノ平は、彫刻の森美術館のある温泉地として知られます。神山溶岩流の末端に位置し、強羅と小涌谷の間にはさまれた台地にあります。もとは近隣の温泉場に働く人々の休養の場でしたが、昭和38年(1963)に温泉が湧出して開かれた新しい温泉なのです。昭和46年(1971)に彫刻の森美術館がオープンすると、登山鉄道の「二ノ平駅」も「彫刻の森駅」と改称。以後、人気のスポットとして知られるようになりました。彫刻の森美術館は、自然景観と野外に展示された彫刻作品との調和が魅力。さらにその裏手には、南朝時代(14世紀)南朝最後の人と言われる新田義則を弔った「新田塚」があり、散策の場にこと欠きません。
二ノ平で随一の共同浴場「亀の湯」はナトリウム-塩化物・炭酸水素塩・硫酸塩泉の湯で、皮膚を軟らかくし、入浴後は肌がなめらかになる“美人の湯”です。

【二ノ平と彫刻の森】
 彫刻の森美術館は、箱根外輪山を望む二ノ平のなだらかな斜面に造られた、日本でも珍しい屋外美術館です。5万5千㎡という広大な展示空間では、風や光、香りなどを感じながら世界の芸術を鑑賞できます。伝説によると二ノ平は、箱根外輪山の浅間山に棲む大蛇が村人に退治されるとき、断末魔のもがきの果てに振った尻尾の二打ち目(一打ち目は大平台)で生まれたと言います。そんな伝説を聞くと、彫刻作品がちょっと違った感じに見えてきませんか。

【泉質】単純温泉、アルカリ性単純温泉、ナトリウム─塩化物泉(弱食塩泉)、ナトリウム─カルシウム─塩化物泉(含塩化土類弱食塩泉)、ナトリウム─塩化物・炭酸水素塩泉(含重曹弱食塩泉)など
【源泉総数】24
【泉温】44〜91℃ 
【湧出量】1,528ℓ/min

【アクセス】
箱根湯本から箱根登山鉄道で約35分「彫刻の森」下車
箱根湯本から元箱根方面行きバスで「二ノ平入口」下車

小涌谷 ~名所に彩られた小粋な温泉~

小涌谷温泉は、湯煙が立ち上がる“大地獄(大湧谷)”に対して“小地獄”と呼ばれていました。江戸時代に発行された『七湯の枝折』には「地ーめんに熱し巌の間より泥湯玉きりにゆる」などと、地獄に似たさまが描かれています。小涌谷と改名されたのは明治天皇が行幸された明治6年(1873)のこと。以来、小涌谷温泉として本格的に開発が進みました。昭和に入って温泉開発が加速され、孔井の位置によって湯温や泉質の異なる多種の源泉が湧き出しました。
三河屋旅館は120年の歴史を持ち、小涌谷温泉を語る上では欠かせません。初代が小地獄の噴泉を導いて浴場を開いたのが始まりです。中国革命の父と呼ばれる孫文もかつて宿泊したことから、その思い出と残した書を慕って訪れる中国、台湾からの来客は年々増えています。三河屋の周辺は、つつじの名所「蓬莱園」や地下水のしみ出る千条(ちすじ)の滝、浅間山と早雲山の稜線などが美しく、幽玄な風景を味わうことができます。

【蓬莱園(ほうらいえん)と千条(ちすじ)の滝】
 小涌谷の蓬莱園には、大正時代に東京・大久保からたくさんのつつじが移植されました。園内は無料開放され、自由な散策が楽しめます。つつじの花季に当たる5月第2日曜日には、毎年「つつじ祭」が開催されます。全国から集められた数十種類のつつじやさつきが、その美しさを競い合うのです。蓬莱園から5、6分渓谷の方に下れば、千条(ちすじ)の滝にたどり着きます。切り立つ岩肌から細い糸状の滝が幾筋も流れ落ち、水量の豊富な季節には、その音とともに癒しを感じる風景が楽しめます。

【泉質】単純温泉、アルカリ性単純温泉、ナトリウム─塩化物泉(弱食塩泉)、ナトリウム─塩化物・硫酸塩・炭酸水素泉(含芒硝重曹弱食塩泉)
【源泉総数】22
【泉温 40〜96℃】 
【湧出量】1,819ℓ/min

【アクセス】
箱根湯本から箱根登山鉄道で30分「小涌谷駅」下車

強羅 ~欧米型「温泉療養」の拠点として~

強羅温泉は、大正8年(1919)の箱根登山鉄道の開通で十七湯の仲間入りをした比較的新しい温泉です。それ以前は明治の政財界人や文人の別荘地として栄え、多くの遺構が今も保存されています。当時は早雲山や大涌谷などからの引湯による温泉でしたが、昭和27年(1952)初めて温泉掘削に成功し、以後、数多くの温泉が掘り当てられました。温泉の豊富さと火山性堆積物の多い原野的景観、軽登山に適した地形、山小屋風の駅舎などが強羅の魅力を形作っています。

【大文字焼】
 箱根登山鉄道・強羅駅に降り立つと、すぐ「大」の文字が目に飛び込んできます。箱根外輪山の一つ明星ヶ丘(標高924m)、通称・大文字山の「大」の字です。毎年8月16日の夜には、強羅温泉最大の夏のイベント「強羅夏祭り大文字焼」が開催され、「大」の字は強烈な炎の色に彩られます。大正10年(1921)に始まったこの祭りは、夏の避暑客にはアトラクションとして、地元では旧盆の送り火として、2ヵ月前から篠竹の束作りなどの準備が行われます。冬にも、「大」の輪郭に浮かび上がる雪模様が幻想的な雰囲気を醸し出しています。

【泉質】造成温泉:カルシウム─硫酸塩泉(石膏泉)、含硫黄─カルシウム─硫酸塩泉(硫化水素型・含石膏硫化水素泉) ボーリング孔温泉:単純温泉、アルカリ性単純温泉、ナトリウム─塩化物泉(弱食塩泉)、ナトリウム・カルシウム─塩化物泉(含塩化土類弱食塩泉)、ナトリウム・カルシウム─塩化物・硫酸泉(含石膏弱食塩泉)、カルシウム─硫酸塩泉(石膏泉)、ナトリウム─硫酸塩泉(芒硝泉)
【源泉総数】30
【泉温】30〜93℃  
【湧出量】3,039ℓ/min

【アクセス】
箱根湯本から箱根登山鉄道で約40分「強羅」下車

宮城野 ~古い集落の趣を感じながら~

宮城野温泉は、宮ノ下から木賀を過ぎて少し上った小さな集落の温泉場です。風土記によると、村には萩も多く、気候や風土が歌枕で名高い宮城野(現仙台市)に似ていたからと言われます。ただ温泉の発見は昭和40年(1965)と遅く、それから保養所や寮が建てられるようになりました。箱根最古の碓氷道、碓氷峠に建つ日本武尊(ヤマトタケルノミコト)の「吾妻はや」の碑、宮城野城の遺構など見どころは豊富。また、宮城野諏訪神社の「湯立獅子舞(7月15日)」は、仙石原の「湯立獅子舞(3月27日)」とともに国の無形民俗文化財に指定されています。神通力で冷ました熱湯を笹の葉で参拝者に掛け、一年の無病息災を祈願する行事で、これもまた温泉地ならではの風物詩の一つです。
 宮城野には明星ヶ岳、明神ヶ岳の登山口があり、さまざまなハイキングコースをたどれます。最近は、散策の後、温泉に浸かって日帰りというパターンが増えています。

【宮城野ウォーキング】
宮城野は、静かな時間の流れる名所旧跡の宝庫です。ヤマトタケルノミコトと同じく碓氷峠から東へ道をたどれば、まず春は早川沿いの桜並木で花見の宴、次は「宮城野国際マス釣り場」でちょっとフィッシング。続いて諏訪神社にお参りし、みちみち庚申塔と道祖神をウォッチング。8月15・16日は宮城野夏祭りの輪に入り、最後は東の宝珠院で座禅を組みましょうか。急ぎ足なら2時間ほどのウォーキングですが、発見と感動の連続が待っています。

【泉質】アルカリ性単純温泉、ナトリウム・カルシウム─塩化物・硫酸塩泉(含石膏弱食塩泉)など
【源泉総数】4
【泉温】63〜71℃  
【湧出量】272ℓ/min

【アクセス】
箱根湯本から箱根登山鉄道で約40分「強羅」下車徒歩10~15分
箱根湯本から湖尻・桃源台行きバスで「宮城野支所前」下車

仙石原 ~爽やかな高原のリゾート~

仙石原温泉は、標高700m前後の広い草原に開かれた温泉リゾートです。温泉利用は元文元年(1736)、大涌谷の引湯に始まります。現在も、大涌谷(硫黄泉=白濁湯)と姥子(透明湯)の引湯を集中管理して各旅館・ホテルに供給しています。そこには芦ノ湖畔の豊富な地下水も利用されてきました。
 大正から昭和にかけて欧米型の避暑地として開発された歴史があり、他の地区に比べて自然がよく保存されているのも仙石原の特徴です。旅館・ホテルや施設などは“自然環境との調和”を優先し、それが仙石原のイメージとして認知されるようになりました。仙石原温泉のイメージアップに貢献している施設として、日本で2番目に古い仙石ゴルフコース、湿地帯の植物や高山植物を多く集めた箱根湿生花園、箱根ガラスの森、ポーラ美術館などがあります。現代人の求める五感のリフレッシュ空間がここにあります。

【箱根湿生花園】
 箱根湿生花園は一部自然の湿原を生かして、昭和51年(1976)に開設された約3万㎡の植物園です。園内には、湿地から高山、草原、林などに生育する植物約3,000種が集められ、四季折々の美しい花々を楽しむことができます。特に低層湿原から高層湿原に変化する途中の「ヌマガヤ草原」もあり、6月ごろには尾瀬や霧が峰などに咲くニッコウキスゲの群生も見られます。大昔、カルデラ湖であったといわれる仙石原の生い立ちから動植物までパネルや写真で紹介するコーナーもあり、若い人からお年寄りまで、多くの来訪者に愛される施設です。

【泉質】カルシウム─硫酸塩泉(石膏泉)および単純硫黄泉(硫化水素型)
【源泉総数】32
【泉温】70℃
【湧出量】3,212ℓ/min

【アクセス】
箱根湯本から湖尻・桃源台行きバスで約30分「品の木・箱根ハイランドホテル」ほか下車

姥子 ~火山の恵みを身近に感じながら~

日本人ならだれでも知っている童話「金太郎」。姥子の名は、その金太郎を育てた山姥と子(金太郎)の伝説から生まれたとも言われています。伝説では金太郎が目を傷めたとき、山姥が箱根権現のお告げに従ってこの温泉で完治させました。江戸時代(1811)に書かれた『七湯の枝折』にも、「此湯明礬(みょうばん)湯にして専ら眼病によし」と記されています。姥子の老舗旅館「秀明館」の庭内にある詩碑には、享保5年(1720)にはすでに姥子湯が存在したという記述があり、近郷の農民によく利用されていました。
姥子では現在でも自然湧出する温泉を利用し、豊富な湯量を誇っています。

【大地獄「大涌谷」】
 赤茶けた岩肌から白い噴煙が立ち上る。辺りには硫化水素ガスの鼻を突く臭いが立ちこめている。大涌谷は南西の閻魔(えんま)台と北東の地獄沢から成り、まさに“大地獄”の名がぴったり。閻魔台側には一周40分の「大涌谷自然研究路」があり、火山活動を目の当たりにしながら散策できます。ここで発する蒸気熱は温泉のほか、名物の「黒タマゴ」の加熱にも用いられます。「黒タマゴ」は“1個食べれば7年長生き”がうたい文句。食べればさらに大涌谷の凄さが感じられます。

【泉質】単純温泉、カルシウム─硫酸塩泉(石膏泉)、ナトリウム─硫酸塩泉(芒硝泉)など
【源泉総数】5
【泉温】44〜63℃  
【湧出量】762ℓ/min

【アクセス】
強羅~(ケーブルカー)早雲山~(ロープウェイ)「姥子」下車
箱根湯本から湖尻方面行きバスで「姥子」下車

芦之湯 ~文人墨客に愛された風雅の湯~

芦之湯温泉は、駒ヶ岳の麓に開けた閑静な温泉地です。箱根旧街道(現国道1号)沿いで歴史的な面影を色濃く残し、旧跡も数多く点在しています。その一つ「阿字ヶ池」は、寛文2年(1662)に勝間田清左衛門が湿原を開拓して温泉の基礎を築いた跡です。それ以来、江戸時代を通じて長逗留の湯治客や文人墨客で賑わいました。『七湯枝折』では、「ここの湯は五味(多種)で、箱根の温泉の中でも主(最高)」という意味の賛辞が送られています。文人たちは温泉で英気を養うとともに、この地にあった熊野権現の「東光庵薬師堂」に集って句会や作歌を楽しみました。そのうちの一句-
 芦の温泉の石に精あり秋の風 蕪村
現在、芦之湯温泉の旅館は3軒ですが、いずれもかつて「五味」と賛えられた複数の泉質を保有しています。「きのくにや」は成分の異なる5本の源泉、「松坂屋本店」には七色に変わる湯量豊かな源泉があります。

【史跡「東光庵」】
 文人たちに愛された東光庵は明治4年(1871)に火事で焼失し、熊野神社境内には句碑や歌碑などが残るだけでした。それが史跡「東光庵」として復元されたのは、平成13年(2001)秋のことです。江戸時代そのままの建築方式が採用され、茅葺き屋根には「わび」「さび」の趣が漂います。史跡東光庵の庵主は中曽根康弘元総理大臣で、復元プロジェクトに先立つ「芦刈まつり」(10月中旬)にも学会や地元の有志と共に力を尽くしました。芦之湯を舞台にして、江戸時代から現代まで文化人の心が一つにつながったのです。史跡東光庵は一般にも公開され、俳句の会や茶会などにも利用することができます。

【泉質】単純温泉、単純硫黄温泉(硫化水素型)、含硫黄─カルシウム─硫酸塩泉(硫化水素型)、カルシウム─硫酸塩泉(石膏泉)など
【源泉総数】4
【泉温】26〜84℃  
【湧出量】319ℓ/min

【アクセス】
箱根湯本から元箱根・箱根町行きバスで「東芦の湯」「芦ノ湯温泉入口」ほか下車

湯ノ花沢 ~憩いとレジャーの花も咲く~

湯ノ花沢温泉は、駒ヶ岳東斜面の海抜約950m地点、箱根の温泉十七湯の中では最も高い位置にあります。駒ヶ岳に登れば、西に富士山、南に芦ノ湖、駿河湾、東に相模湾や三浦半島、よく晴れた日には房総半島まで見渡せます。「湯ノ花沢」の名にふさわしく、自然湧泉が豊富なのも特徴です。明治期には、湯の花(硫黄など温泉の沈殿物)を日本で初めて採取し販売したことでも知られます。昭和初期には、温泉の湧出状況を化学分析する「温泉化学」の草分けとして、その発展に寄与しました。
湯ノ花沢温泉に唯一の宿「湯の花温泉ホテル」では、露天風呂に浸りながら素晴らしい夜景を眺めることができます。また、ゴルフ場も併設し、ゆったり気分での健康づくりにも最適です。

【駒ヶ岳】
 駒ヶ岳は標高1,357kmで、箱根山系の中では神山(1,438m)に次ぐ2番目の高さを誇ります。古くから信仰の山として修験者が入山し、山頂の「箱根元宮」に参拝していました。芦ノ湖畔の箱根神社は、箱根元宮の里宮として位置づけられています。今は駒ヶ岳山頂まで、湯ノ花沢側から(ケーブルカー)と蛸川温泉側から(ロープウェイ、箱根園発)簡単に登れます。さらに大涌谷の方へ「駒ヶ岳・神山ハイキングコース」が開け、健脚向けのハイキングが楽しめます。コース周辺では、箱根でしか見られない高山植物の宝庫でもあります。

【泉質】単純硫黄温泉(硫化水素型)、酸性─含硫黄─アルミニウム・鉄(Ⅱ)─硫酸塩泉(硫化水素酸性明ばん緑ばん泉)または、酸性─含硫黄─アルミニウム─硫酸塩泉(硫化水素酸性明ばん泉)
【源泉総数】1
【泉温】55℃
【湧出量】1,239ℓ/min

【アクセス】
箱根湯本から元箱根・箱根町行きバスで「箱根湯の花プリンスホテル」下車

蛸川 ~いちばん新しい幻の湯~

蛸川温泉は、十七湯の中でいちばん新しく平成5年(1993)に誕生しました。昭和62年(1987)に駒ヶ岳ロープウエー北側に温泉が噴出。当初は芦ノ湖温泉と共に「元箱根温泉」を構成していたのが、分離独立する形でのデビューでした。蛸川の中心である箱根園は、芦ノ湖畔の箱根神社北側から九頭龍(くずりゅう)神社付近までを含む一大リゾートとして、ホテル(箱根プリンスホテル)のほか、さまざまなスポーツやアミューズメント施設も抱えています。親子・カップル向けの水族館、ファミリー向けのコテージなど、さまざまな来訪者を迎えています。また、湖畔沿いの散歩道が整備されていて、九頭龍神社までウォーキングを楽しむこともできます。
箱根プリンスホテルの露天風呂は芦ノ湖畔と地続きになっていて、湖上の遊覧船を見ながら入浴できます。その他の旅館・ホテルも、芦ノ湖の眺望を取り入れた最高の立地にあります。

【蛸川の水生動物たちと龍神】
蛸川に“蛸”はいませんが、450種・32,000匹の魚や海の動物を展示する「箱根水族館」があります。7つのテーマごとに分けられ、アマゾンの魚や淡水生のアザラシ、カワウソ、ペンギンも見られます。芦ノ湖と水の生き物は昔から深い縁があります。湖底に龍が棲んでいたという伝説も残っているほど。その伝説に基づいて建てられたのが芦ノ湖畔の「九頭龍神社」です。九頭龍は芦ノ湖の守護神とされ、毎年7月31日の「湖水まつり」では御霊鎮めの神事が行われます。

【泉質】単純温泉、カルシウム─硫酸塩泉
【源泉総数】2
【泉温】42〜64℃  
【湧出量】128ℓ/min

【アクセス】
箱根湯本から箱根園行きバスで「龍宮殿前」下車

芦ノ湖 ~富士山の見える湖畔の温泉~

昔から箱根では「富士山の見える場所に温泉は湧かない」と言われてきましたが、昭和41年(1966)に湯ノ花沢温泉から湯を引いて生まれたのが芦ノ湖温泉です。以来、芦ノ湖と富士山という二大ランドマークに、避暑地としての魅力が相まって観光客の心を魅きつけています。13軒ある宿のほとんどから芦ノ湖や富士山の景観を眺めることができ、四季折々の異なる味わいがあります。
元箱根から箱根地区にまたがる芦ノ湖温泉一帯は、史跡の宝庫でもあります。東海道の交通の要所「箱根関所」や源頼朝らの信仰を得た「箱根神社(箱根権現)」のほか、皇室の離宮跡(現恩賜箱根公園)、旧街道沿いの杉街道などが有名。箱根神社の宵宮祭として毎年7月31日に行われる「湖水まつり」では、湖上に三千余の灯籠が浮かび、花火とともに夏の夜を彩ります。そのほか夏は「鳥居焼まつり(8月5日)」、冬は「箱根駅伝(1月2日・3日)」「箱根神社節分祭(2月3日)」と、伝統的なイベントが多く、オールシーズンのリゾートとして人気を呼んでいます。

【芦ノ湖のわかさぎ】
芦ノ湖は約40万年前、箱根火山のカルデラ(くぼ地)にできた湖です。南岸の杉並木街道から眺める逆さ富士などの景勝地として有名ですが、古くから漁業でも栄えてきました。現在でもニジマス、ワカサギなどが多く、絶好の釣り場となっています。特にワカサギは毎年10月1日に漁が解禁されると、その初漁の魚は箱根神社に奉納され、さらに宮内庁に献上されるのが恒例です。ワカサギを漢字で「公魚」と書くのは、そのことに由来すると言われています。

【泉質】単純温泉、単純硫黄温泉
【源泉総数】1
【泉温】70〜80℃  
【湧出量】800〜900ℓ/min

【アクセス】
箱根湯本から元箱根・箱根町行きバスで「元箱根」下車

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